特集:格差社会《中》

2007.07.07
担当:tr

 前回は貧困度のお話までで終わってしまいました。まとめますと次のようになります。
○絶対的貧困度、相対的貧困度、どちらで見ても日本の貧困は1980年代
 半ば以降拡大している
○2000年ころの相対的貧困度(労働年齢層における可処分所得)を見る
 と、日本はOECD加盟17ヶ国中で、アメリカについて貧困度が高い。ただ
 し、この点について我が国の政府は比較に使われた統計データに異論を
 唱えている

 今回は、所得格差ならびにその原因の一つとなる雇用格差・職業格差について述べます。

3.所得格差
 所得の不平等度を測る物指として、ジニ係数という係数がよく登場します。0〜1までの数字で示し、0.0が完全平等、1.0が全所得を一人の人が総取りの状況を指します。

 ジニ係数を考察するに当たり、まずお上の数字を紹介するのが筋だと思います。そこで前回にもご紹介した内閣府の年次経済財政報告(平成18年7月公表)を見てみますと、いろいろな統計を持ち出して、いくつものジニ係数を計算した挙句、最後に次のように述べます。
  
第3節 家計から見た経済的格差
  4 格差を考える視点
      (中略)
  第四に、統計が不足していることが挙げられる。本節の分析からは、
 格差については分析に利用する統計データによりその水準や方向性に
 ついてある程度の幅を持って解釈する必要があることも確認された。
 格差についての論議が高まる中で十分な客観的なデータに基づく分析
 が重要である。しかし、現在入手可能な経済統計は経済的格差を計測
 することを目的としていない場合が多い。様々な格差の動向の最新状
 況まで、きめ細かな分析を可能とするような経済統計の一層の整備充
 実が望まれる。


 このコメント、そんな他人事みたいな言い方はないよな、『経済統計の一層の整備充実』は君たちの仕事でしょう、と思わずにいられませんが、現実に、違う統計を持ち出しての甲論乙駁は不毛なので、留意が必要です。よく使われる統計を表にしてみました。
 調 査 名  省 庁 頻度  問 題 点
家計調査 総務省 毎年 単身世帯、農業従事者除く
全国消費実態調査 総務省 5年 頻度
所得再分配調査 厚生労働省 3年  
国民生活基礎調査 厚生労働省 毎年 学生などの単身世帯含む
 また、同じ統計を使っていても、
 ○単身世帯を含むか、世帯単位の考え方はどうか
 ○当初所得か、可処分所得か、再分配後所得か
 ○勤労世帯のみか全世帯か
などの点に留意しないと、同じ統計から算出しても違う数字になってしまいます。
 こういう点も含めて、お上による『経済統計の一層の整備充実』を図ってほしいと思います。

 ジニ係数のいくつかをご紹介します。

平成14年所得再分配調査(厚生省)、平成16年全国消費実態調査(総務省)

 ここで、所得再分配調査は3年に一度なので、直近の調査結果(2005年版)はとっくに出ているはずなのですが、2007年6月現在未だ公表されていません。

 これらの数字・トレンドについて、アカデミックの代表として、前回でもご紹介した橘木先生と大竹先生が認識として共に認めておられる(と筆者が理解している)点は、次のとおりです。
@我が国の所得格差は1980年代以降継続的に拡大している
A長期的な所得格差拡大の主原因は高齢化である
B近年若年層でも所得格差の拡大が見られるが、これは不況克服の
 ために企業が新規正規雇用を手控えたため、若年層でフリーターや
 失業が増えたためである
 @は前述のジニ係数の図をご参照ください。A、Bについては
別紙1のとおりです。図の出所はいずれも内閣府の平成18年度年次経済財政報告。

 さて、ここまでは事実、これから先が議論になるところです。
○高齢層の所得格差について
 高齢層では所得格差が大きいのは当たり前、でよいのか。
○若年層の所得格差について
 不況克服のためで始まった正規社員の採用手控えというが、近年は、人材派遣における規制緩和によってこれを常態とする方向に働き、若年層での所得格差の固定化に寄与しているのではないか。
 そもそも政府が標榜する市場原理経済によれば、好況とか不況に関係なく負け組みが出現するということではないのか

 これについて皆さんがどうお考えになるのかは、それぞれの問題ですが、ここで注意事項を一つ。『人材派遣における規制緩和が若年層の所得格差の固定化につながっている』という点は、これを縮めて『規制緩和が格差の原因』と短絡するのは間違いです。TV討論などでは、この短絡で甲論乙駁している風景が見られますが、ムキになって口論しているのを見るのが面白い、という娯楽性以外に益するものはありません。論点はきちんとしましょう。

 さて、税・社会保障費には、所得の再分配効果というものがあります。前述のいろいろなジニ係数の図でも、税引前と税引後の2つをご紹介しました。実はこの再分配効果をどのくらいにするか、効果を大きくする方向か縮小する方向か、というのは政治の基本方針にかかわる問題です。貧富の差を社会としてどこまで許容するか、ということなのですから。
 具体的に再分配の道具になるのはなにかを簡単に説明しておきますと、国民から見て、支払い側が税金と社会保険料(年金・健康保険)、受け取る側が、年金・医療・社会福祉給付金などです。
 そこで我が国のこのごろの流れはどうかというと、とても分り易い。逆進性のある消費税の税率アップ(まだ実現していませんが)を標榜し、社会保険料は値上げで給付は減額、医療費の自己負担比率はアップですから、再分配機能は縮小方向のはずです。平成17年版の所得再分配調査報告がまだ公表されていない理由はこんなところにもあるのかもしれません(全くの憶測ですが)。
 では、国際比較はどうでしょうか。再分配効果が大きくなくても、もともと差がなければ問題ないわけですから、ここは国際的に比較して見なければ自国の情況評価はできないでしょう。そこで、OECDの調査をご紹介します。
Income Distribution and Poverty in 13 OECD countries
Howard Oxley, Jean-Marc Burniaux, Thai-Thanh Dang and marco Mira d'Ercole
OECD Economic Studies No. 29, 1997/II, 94頁 Table A1
改善後のジニ係数(B)が小さい順(改善率は筆者が計算)


 この調査が用いている1994年前後では、日本は当初所得のジニ係数はこの11ヶ国中最小でした。しかし、再分配後のジニ係数は6位に転落してしまいました。この当時に比べ、ジニ係数は増大傾向、再分配効果は縮小傾向なわけですから、今日同じ調査をしたらどういうことになるのでしょうか。
 それにしても、日本政府は消費税率や中位所得者の所得税率の引き上げに際して、ヨーロッパ諸国の税率の高さを引き合いに出すわけですが、この表に登場する各国では、消費税率の逆進性を社会保障給付で埋め合わせていることがよく分ると思います。
 増税して何に使うのか、ということが改めて問われるところではないでしょうか。

4.雇用格差
 
別紙2は内閣府の平成18年度年次経済財政報告からとった非正規雇用者の割合です。
 ここで、脚注にあるように、1992年以前は学生が含まれていますので、20-24歳のグラフが少し変です。1992年以前の20-24歳の非正規雇用者割合はこのグラフよりも小さかったと思われます。
 その点を加味して、もう一度このグラフを見てみましょう。
 1992年:20-24歳 → 1997年:25-29歳 → 2002年30-34歳
というふうに移動していく見方で見てください。ほぼ間違いなく右肩上がりになっていますね。つまり、『非正規社員』から『正規社員』への移動は極めて厳しい、ということもこのグラフから分るわけです。

 非正規社員とはパート・アルバイト、契約社員、派遣社員の総称です。それぞれ次のような雇用形態の人々です。
 パート・アルバイト:通常の労働者より短期間・低賃金で働く期間契約
    労働者の一種
 契約社員:高度な技術を有した専門職の人が1年以内の契約を結んだ
    り、一度退職した職員が再雇用で嘱託として雇われるなどの短期
    契約労働者
 派遣社員:企業が派遣会社と契約を交わし、派遣会社が雇っている職
    員が企業に派遣されて業務を処理する形態。
このうち、『派遣社員』という人々がどんどん増加しています。
 派遣社員は1986年に施行された労働者派遣法で初めて認められました。ただし、施行当時この法律では派遣労働者を「臨時的・一時的労働をする人」と位置付け、正規社員の代替として雇用することは厳しく制限されていました。しかし、この法律は1999年、2004年の改正を経て派遣を原則自由化するところまで規制緩和され今日に至っています。下図をみれば規制緩和が派遣社員増加を後押ししていることがお分かりいただけると思います。

出所:各年度『労働者派遣事業の事業報告の集計結果』(厚生労働省)から作成

 さて労働者の雇用も自由競争の原理で行われることなのでしょうか。
 この規制緩和、米国の『雇用契約も契約自由の原則による自己責任』をそのままコピーしたようなものなのですが、米国と我が国では雇用関係の流動性(米国は、いつでも雇うし、いつでも解雇する)が全く違います。

 産業革命以降、産業の中心が工業となり、使用者に対して労働者という立場が生まれました。本来、契約自由の原則からすれば、労働契約も使用者と労働者の間で自由に取り決めて契約できるわけですが、労働者が常に弱い立場にあるということから、その権利保護が法律的にも積み上げられてきました。資本主義の歴史とは、常に弱い立場にある労働者をどこまで守るか、という歴史でもあったわけです。この歴史に逆行するような状況が今我が国で進行していると言えるでしょう。というのも、雇用関係の異動が相変わらず極めてタイトな我が国では、一度正規社員の立場を失えば二度とそこへは戻れない、水が低きに流れるがごとく立場が弱くなっていくしかないからです。それは先ほどのグラフでも見たとおりです。比較的出入りの自由な米国でさえ、非正規雇用で低所得で働く機会しかないワーキング・プアが社会問題化しているのですから、我が国では今後未曾有の悲劇を生む可能性もあるでしょう。
 雇用コスト面の判断だけで正規・非正規を認めてしまう、ということは『格差』の壁を人為的に作り出したも同然と言えます。

5.職業格差
 前項は被用者の格差でした。ここでは、ある職業に就きたいというときに、そこにどの程度強固な壁があるか、ということをちょっと考えてみましょう。

 前回ご紹介した橘木俊詔さんは、森剛志さんとの共著で『日本のお金持ち研究』(2005年、日本経済新聞社)という本を出しておられます。橘木さんもマメですね。この中で、2000年と2001年の高額所得者(納税額3000万円以上→所得約1億円以上)6000人を分類すると、圧倒的に多い職業は企業家、次に企業経営者、医者という順になると集計しておられます。
 弁護士はどうなのか、というとこれは意外に少ないとも指摘されていますが、これは私が考えるに所得1億円以上、というところにヒントがあるかもしれません。医者にしても、所得1億円というと、医者という専門家の所得ではなくて医業経営者の所得でしょう。いわゆる長者番付は嫉妬を掻き立てるにはよいかもしれまんが、それ以下(所得1億円以下)が長者ではないわけでは決してありませんよね。
 ということはあるにしても、どんな職業がもうかる職業かという点では、やはり参考にはなるでしょう。
 ここで、企業家や企業経営者は金儲けが目的ですから、そこで成功すれば高額の所得を得るのは当たり前、それ以外の職業で高額所得を挙げると、医者、弁護士、政治家、芸能人、プロスポーツ選手、といったところでしょうか。

 こういう職業にだれでも能力さえあればなれるのか? これについては証拠立てて検証するのはなかなか難しい。例えば、プロスポーツ選手にしても、今では英才教育の世界で、まずリトルリーグなどで頭角を現し、ジュニアからプロの目にとまるAチームクラスまで昇るには、かなりの出費が必要なようです。とは言っても、それを格差と呼ぶかと言えばかなり感覚的な話ですよね。あるいは、政治家や芸能人の世界はいまや二世だらけ。地縁・血縁・人脈がモノをいうらしいですが、『能力さえあれば』ではダメか、と問われればなんとも言えません。どなたかこの分野で説得力のある研究をしていただければありがたいと思います。
 そんな中、お医者さんについて少しデータを調べましたのでご紹介しましょう。
 医者になるにはまず医学部に入らなければなりません(医学部以外で医師国家試験に合格する人は毎年合格者の0.5%くらい)。
そこで医学部の一学年の定員はどうなっているかというと、
@旧帝大及び3大都市圏の国公立大:1800名ほど
Aその他の国公立大:3700名ほど
B私立大:3500名ほど              合計9000名ほど

 卒業までにかかる費用はというと、
@在学中:国立大は、入学金、6年間の授業料、その他書籍などで、約400万円
      私立大は、同上で2500万円〜4000万円
A高校での費用:400万円〜500万円
  (公立高校はお安いかもしれませんが、その場合医進予備校に通う必要
 があり、
 これが年間100万円はかかります)

 よって、頭脳がある程度以上であるうえに、国公立で1000万円程度、私立で3000万円〜5000万円ほどの資金が必要になります。しかも開業するとなれば相当な設備投資が必要ですから、親が開業医でお金持ちでない限り、元を取るのは難しいでしょう。

 まとめます。職業選択の自由とは言っても、地縁・血縁・人脈・金の力は必要だ、ということ。これが格差と呼ぶものなのかどうかはそれぞれご判断ください。

次回は地域格差、医療格差に触れます。


             
(『下』へつづく)


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