衣笠祥雄氏の若い頃の画像あり!生い立ちや現役時代が凄い!

あの、鉄人と言われた
衣笠祥雄氏も病気には勝てなかったか・・

国民栄誉賞も受賞している
素晴らしい人格者だったんです

ニュースでも特番などで
放送されると思いますが
ここでも、衣笠さんの
若い頃の写真も交えながら・・

あらためて、衣笠さんが凄い!

ということがわかってもらえたらと思います

 

衣笠祥雄選手の若い頃の画像

 

若い頃といっても年代が
ありますが、こちらが、
甲子園に出場したときの
お写真です。
※京都平安高校時代・・後列左から2番目です



引用元:http://www.kyoto-np.co.jp/info/sports/hsb100/20150710_13.html

 

2年生の秋に6番1塁手として
レギュラーをつかみとり、
3年生では、4番捕手として
甲子園の春夏8強の立役者となります

 

こちらが、広島カープでバリバリ
現役をやってるころのお写真が
ありますので見てみましょう

 



赤ヘル打線の中軸として
大変貢献された方ですが、
デッドボールをくらっても、
多少の怪我をしても、それを
言い訳にして休まず、ファンのため
チームのため、そして自分のために
試合に出場し続けた結果、
世界記録である連続試合出場2215を達成されたと思います

 

そんなずっと好調だったわけでは
なかったのに、結果を出し続けたのは
脱帽・・以外の言葉がありません。

 

成績はのちほど、紹介するとして
野球には真面目でまっすぐに
取り組み、またその性格から
先輩や後輩からも慕われ、
人格者だと言われていましたよね。

 

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衣笠祥雄氏の生い立ち

 

京都で生まれ、京都で育った衣笠氏

山や川にも恵まれて、
良い環境で育ったとおっしゃっております

子供のころは、
水泳やアイススケート、柔道を
1年間やってたそうで、このときに
言葉遣いや挨拶の大切さを学んだとのことです。

そこでの経験が、誰からも慕われる
人格を形成したのではないかと思います

そもそも、衣笠さんは
野球ではなく、柔道をやりたかった
とのことですが、入学した中学に
柔道部がなかったので、
やむを得なく野球部に入ったそうです

なんとなくやった野球で
開眼したんですよね~

もともと才能があったのか・・

努力のたまものだとは思いますが
なんにしても、幼少のころ野球を
やってなくて、3年4年足らずの経験で
名門校のレギュラーとなり、活躍
したってのは、すごいの一言です。

 



 

衣笠祥雄さんの現役時代は凄かった!

 

なんといっても、
世界記録2215試合連続出場
という記録をお持ちの方

怪我をしない体作りが基本で
日々のケアを怠ることをせず
努力した結果だと思うんですが、

衣笠さんといえば、
ホームランもコンスタントに
20本~30本をかっ飛ばして
おりましたが、実は足も速かったんです!

1976年に31盗塁をして
盗塁王に輝いているのです

打率も3割を超える
シーズンがありましたから
トリプルスリーを十分に
狙えた選手でもあったんです

この31盗塁したときは、
26本塁打、打率299だったので
あと少し・・・

3割30本を達成した時は
盗塁11だったので・・残念。。

いかにトリプルスリーを
達成するのが難しいかが
わかりますよね。。

ちなみに、通算成績の凄さは以下の通りです

通算安打数・・2543安打 歴代5位

通算本塁打・・504本塁打 歴代7位

通算打点・・1448打点 歴代11位

お悔やみ申し上げます。合掌。

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